【人にどう思われるかで悩む君へ】そんな君でも気にしすぎをやめる方法

人間の悩み(男女どっちも)

今日は、「気にしすぎをやめる方法」を君に伝える。気にしすぎの状態で生きることは、正直言ってマジでしんどい。それは、職場や学校はもちろん、通勤通学の時や休日すらもずっとスイッチがONのまま。いちいち「人にどう思われるか」を気にして、見えない何かに縛られている感覚。こんな状態で毎日を生きていると、ふとした時にどっと疲れがやってくるものだ。

私自身、長い間「人にどう思われるか」を気にしすぎて、見えない何かに縛られて生きてきた。それは、バイト先でたった一言の「休みます。」が言い出せなかったり、好きな子に「好き。」と言えなかったり。もっと小さいことで言えば、電車で空いている席があっても「座ったら迷惑かな…」とか思って座ることができなかったり。マジで気にしすぎ。(笑) でも、こんな普通の人が気にならないようなことが気になってしまう。そして、自分を犠牲にした結果、本当にやりたいことができない…

これを見ているということは、今の君も似たような感覚を持っているかもしれない。だからこそ、今日はそんな君の悩みを解決していくぞ。「人にどう思われるかを過剰に気にしてしまう君」「些細な気にしすぎで心が疲れた君」はしっかり見ていくといいだろう。これを読んで行動した君が、もう二度と「気にしすぎ」で苦しまないことを約束する。

大前提:気にしすぎをやめようとしなくていい

まず、今回の話の土台から述べていく。大前提として、君は気にしすぎをやめようとしなくていい。マジでやめようとしなくていいぞ。「何言ってるんだこいつは」と思うかもしれないが、私は至って真剣である。

今の君は、「気にしすぎをやめなきゃダメだ」と自分に言い聞かせているだろう。でも、それこそが君自身を苦しめているものであることを理解すべきだ。君は、自分自身に「これをやったらダメ」とか「これをやめなきゃダメ」とか。こういった禁止事項を設けることで、知らず知らずのうちに自分を縛り付けている。だから、それをやってしまった時に自己嫌悪に陥るわけだ。やったらダメなことをやってしまったわけだから。

例えば、バイト先で「店長にどう思われるかを気にしちゃダメだ」と自分に呪いをかけたとする。その時、店長からいつもの「あと1時間だけ残れる?」と言われた君はどうなるだろうか?おそらく、自分に呪いをかけてしまった君は、「ここで断らなきゃダメだ!」という思考になるだろう。もちろん、断れるのであれば、「すみません、無理です。」と言えるのがベストである。しかしながら、何十年間も「人にどう思われるか」を気にしてきた君にそれができるだろうか?普通に考えてできないから。それが出来たら、君はこんなことで悩んでいないはずだ。でも、呪いをかけている君は、断れない自分に嫌悪感を覚える。ここで君は苦しむわけだ。「またダメなことをやってしまった…」と。

これこそが、君を苦しめているものだぞ。「これをやったらダメ」とか「こうしなきゃダメ」とか。こういった「呪い」は、自分をキツく縛り付ける原因になるからやる必要がない。だからこそ、君は気にしすぎをやめようとしなくていい。まずは、これを理解しよう。そうすると、自分を縛っているものを排除できるから。「人にどう思われるか気にしすぎる」。こんな時は、そんな「気にしすぎな自分」を一旦認めてあげればいい。全てはここから始まるから。

結局のところ、君が苦しむ時というのは、「君が君自身を認めてあげることができていない時」である。その結果、自分で認めることができないから、「他人に認められよう」「嫌われないようにしよう」と、他人からの評価に固執するわけだ。そして、他人からの評価に固執した君は、「これをやったら、この人にどう思われるかな…」と気にしすぎてしまう。最初に戻っただろう。これが君を苦しめている悪循環である。だから、気にしすぎをやめようとしなくていい。この大前提をまずはしっかり抑えよう。

君は一体何に悩んでいるのか?

ここまでで、この話の大前提を君に伝えた。これだけでも、既にスッと何かが抜けた感覚があるかもしれない。順調だぞ。それを踏まえて、ここでは「今の君が何に悩んでいるのか」をはっきりさせておこう。

今の君が何に悩んでいるのか?その答えは「自己嫌悪」である。君が理解すべきことは、「君は気にしすぎで悩んでいるわけではない」ということだ。これが、先ほどの話に繋がってくる。

君は、自分自身に「気にしすぎはダメ」と言い聞かせていないか?これが「呪い」である。そして、自分に呪いをかけた君は、気にしすぎな自分に自己嫌悪を覚える。「あーまた人にどう思われるか気にしてしまった…。何やってるんだ俺は…」。これが自己嫌悪だ。君は、自ら呪いをかけて自己嫌悪に陥っているだけである。これが君の悩みだぞ。

おそらく、今の君は先のことにばかり意識が向いている。それは、「気にしすぎで、ありのままの自分を出せなかったらどうしよう」とか「空回りして、変な奴だと思われたらどうしよう」とか。これにばかり意識が向いている状態だ。だから、いちいち行動を起こすのが怖いし、些細なことでも最悪なケースばかり想像してしまうわけだ。その結果、ここでもまた自分に呪いをかけて、悪循環を作り出していく。マジで君がやっていることはこれだ。全ては、君の「気にしすぎはダメ」が生み出した悪循環である。

結局のところ、君は自己嫌悪に陥っているだけだぞ。君を苦しめているものはそれであり、逆に言えばそれだけだ。だからこそ、君は自身に「呪い」をかけることをやめれば、二度と「気にしすぎ」で苦しまなくなるというわけだ。悪循環を好循環に変えていこう。これを踏まえた上で、これから「気にしすぎをやめる方法」を解説していく。

気にしすぎをやめる方法

君は気にしすぎをやめるために3つのことを意識しよう。逆に言えば、それ以外は何も考えなくていいぞ。気にしすぎは、「考えすぎ」から来ていることも多いから。余計なことは深く考えず、リラックスしながら見ていこう。

1. 気にしすぎな自分を悪者にしない

君が意識すべきことの1つ目は「気にしすぎな自分を悪者にしないこと」である。これは先ほども述べた通り、自身への「呪い」になるからだ。「気にしすぎな自分はやめなければダメだ」とか「気にしすぎな自分を直さなければダメだ」とか。これらの凝り固まった思考は、確実に君を苦しめるから。マジで必要ないぞ。この思考が定着すると、君は全てのことを「気にしすぎのせい」にする。「気にしすぎのせいで人間関係が上手くいかないんだ」とか「気にしすぎのせいでモテないんだ」とか。こうなると、悪循環はどんどん加速していくから。

だからこそ、もし君が「気にしすぎな自分」を認識したなら、「治そうかな~、どーしよーかなー」程度に悩んでおけばいい。そこで本当に治したければ、君は自然と行動するから。実際に、今の君がこの記事を見ているのも自然に起こした行動だと言える。だから何も心配しなくて大丈夫だ。

2.「今」に意識を向ける

君が意識すべきことの2つ目は「今に意識を向けること」である。気にしすぎの君は、まだ起こってもいない先のことばかり意識している。その結果、「今」を生きることができていない。「次のバイトでは、ちゃんとありのままの自分で振舞えるかな…」「もし、こう言われたら、これを言おう…」。こんな感じで先のことばかり考えていると、気にしすぎは加速するぞ。これも君を苦しめる要素だから、一旦肩の力を抜こう。

例えば、先のことばかり考えて不安に襲われた時にどうすればいいか。ここで君がやるべきことは、一旦リラックスして「今」に意識を向けるんだ「あ、俺は今めちゃめちゃ不安になっているなぁ。さて、今から何をしよう?」。これでいい。そして、その時にやりたいと思ったことをやればいい。チョコを食べたいならチョコを食べればいいし、チキンラーメンを食べたいならお湯を沸かせばいい。はたまた、その不安を解消したいなら、紙とペンでも準備して考えを書き出していけばいい。それが「今」やりたいことなら、「考えすぎ」すらもOKだ。危険なのは、「今」を認識せずに考えすぎることである。分かるか?

自分の身に何かが起きた時、「うわーーどうしよう。やばいやばい」となるのではなく、ここで一旦リラックスだ。そして、「今」に意識を向ける。「あ、今こんなことが自分に起こったんだなぁ。さて、今から何をしよう?」と。これが「今」に意識を向けるということである。これができると、一気に物事がシンプルになるから。「今」この瞬間に集中してみると、案外悩みがどうでもよく思えてきたりするものだ。

「今」に意識を向けるトレーニングとして、瞑想は効果的だぞ。目を閉じて、今この瞬間の心臓の音だけに意識を向ける。すると、だんだん自分という存在がいない感覚になってくる。幽体離脱したような感覚だ。これが「無我の境地」というやつだと思う。興味があればやってみるといいだろう。

3. 必要なものは全て満たされている

君が意識すべきことの3つ目は「必要なものは全て満たされている」ということである。今の君は、自分に対して多くの不足感を抱いているだろう。「自分にはコミュ力が足りていない」とか「ありのままの自分を表現できていない」とか。確かに、生きていれば不足感を感じることはある。しかしながら、それは1つの感情でしかなく、実際は君に不足なんて1ミリもない。マジで必要なものは全て満たされているぞ。だから、不足感という感情に流されて、わざわざ不幸にならなくていい。

例えば、君が「ありのままの自分を表現できない」という不足感を抱いたする。この時、君は不足感を満たすために色々思考するだろう。そして、「ありのままの自分で振舞わなきゃダメだ」と呪いをかける。これがいつもの悪循環に陥るパターンである。こうなると、君はありのままの自分を出せなかった時に、毎回自分を責めることになる。だからこそ、君は認識すべきだ。「自分に不足なんてなく、必要なものは全て満たされている」ということを。おそらく、今の君はこれを聞いても信じることができないだろう。だから、根拠もしっかり述べていく。

君の不足感というのは、空腹の時と同じである。君は、お腹がペコペコで死にそうだったら、ご飯を食べるだろう。それと同じで、君は不足感を抱いたら、それを解消するための行動を自然に起こす。例えば、今の君がこの記事を見ているのも、君が自然に起こした行動である。自転車に乗る時もそうだ。君は、自分が最も心地良いスピードになるように自然とペダルを漕ぐだろう。つまり、ここから言えることは「不足感を抱いた時に無理に解消しようとしなくていい」ということである。

しかしながら、今の君は不足感を抱いた時に「それを今すぐ解消しなきゃダメだ」という呪いをかけている。これは、少しだけお腹が空いた時に「ご飯を食べなきゃダメだ」と言い聞かせているようなものだぞ。本当は「まだ食べない」という選択肢があってもいいはずなのに。実際に、「お腹が空いたけど食べていない」ということはよくあるだろう。果たして、これはダメなことなのだろうか?そんなことはないはずだ。どこかのタイミングで腹ペコに耐えられなくなった時、自然に「食べる」という行動を起こすわけだ。君の不足感もこれと同じである。

だからこそ、「ありのままの自分で振舞わなきゃダメだ」とか考えなくていいぞ。もしそれが本当に「必要」なら、君は自然と行動を起こすから。それは、お腹が空いたらご飯を食べるように。逆に、「不要」なら必要になるまで何もしなくていい。100回ありのままの自分で振舞いたいと思った時、その瞬間は必ず来るから。全て、身体に任せればいいわけだ。

これを踏まえて、「今この瞬間」を見てみると、「君に不足なんてなく、必要なものは全て満たされている」と言えるのだ。できていないことは、今やる必要が無いことだぞ。だから、そんな優先順位が低い事に神経を遣うのではなく、今この瞬間の幸せに目を向ければいいだけだ。「あ~、今日もいい天気だなぁ。ありがとう。」と。

最後に:「全ては、何でもいい」

以上が「気にしすぎをやめる方法」である。少しでも君の力になれたら幸いだ。そして最後に、色々と頑張りすぎている君に伝えたいことがある。それは「全ては、何でもいい」ということだ。マジで何でもいいぞ。君が「気に過ぎてしまうこと」「人からの評価に固執してしまうこと」「言動と行動が矛盾してしまうこと」「噓をついてしまうこと」…。これらは一見、「ダメなこと」のように思える。でも、本当はそこに善悪なんてないぞ。君は、それらを経験することで成長していくわけだから。

100回の噓をついて100回の罪悪感を味わった君は、自然と噓をつかない人間になっていく。だから、全ては必要なことだと思えばいい。善いことも悪いことも。やってしまった時点で、それは君の成長に必要なものだったというわけだ。人間は必要なことしかできないから、君がやったことは全て正解にしかならない。この記事では、「自分に呪いをかけるな」と伝えたが、別に呪いをかけたっていいわけだ。自分を100回呪った君は、101回目に私のメッセージを理解するから。「あ、自分を責めなくてもいいんだな。」と。だから、「全ては、何でもいい」。困ったらこれを思い出せば、いくらかは肩の力が抜けることだろう。これを読んだ君が、リラックスして今日を生きられることを願っている。

では、また次の記事で。

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